雑記

言うほどのことでもない

いつだってそう

 平成終わる!!!!!!なんかしなきゃ!!!!!!ということで慌ててブログを書いている。連休最高。ずっとゴロゴロしてラジオを聴いたり、短歌を考えたりしている。TVerリチャードホールも見たいんだよな、おすすめしてもらった映画も見たいし、昭和元禄落語心中の3巻以降をTSUTAYAに借りに行こうとか考えてずっとヘラヘラしている。

 平成のうち3分の2を生きてきたということが信じられない。狐につままれたひとは多分そう思うだろう。10年前の自分はほぼ他人のようだ。でも、小学生のときノートに存在しない人間の名前を延々と書いていた私と、スマホのメモ帳に存在しない学校の存在しないクラスの女子の名前を6クラス分考えている私は確実に地続きなのだ。「雀百まで踊り忘れず」の例としてはキモすぎるだろ。

 すべりこみで更新しているわりに、今日で平成が終わるという実感も、明日から令和であるという感覚も希薄で、明日は友達と会う用事があって楽しみだなくらいに思っている。平成最後に聴く曲は記録しておこうと思う。毎年、大晦日にはそうしているから。

 私がどうこうしたところで元号は変わるし、できることといえば令和を良く生きていこうとすることくらいだろう。ありがとう平成、さようなら。随分とおかしな文章になってしまった。(追記:おかしな文章になってしまったせいで、投稿してから4回ほど修正を入れるはめになった)

52歩

 四千頭身オールナイトニッポンゼロが終わった。初回から最終回まで聴いた番組は初めてだ。

 めちゃくちゃ好きな芸人がオールナイトニッポンゼロのレギュラーやるというのはこの上なく名誉で喜ばしいことだし、オタク人生の中でも何回もあることではないだろう。レギュラー決定のしらせを聞いたときは大はしゃぎした。これと四千ミルクを聴くためにradikoプレミアムに加入した。

 木曜日の深夜、妙に浮かれたテンションで聴く学生ノリのバカバカしいラジオは私の癒しであり、楽しみだった。リスナーと彼らの距離が近くて微笑ましかった。喧嘩したり、グダグダすぎて怒られたり、リフティング中継をしたり、ナイチンゲールダンスと魔人無骨が来てコロッケを食べながら漫才をしたり、パンサーが来て尾形さんがリスナーから罵られたり、ハナコの菊田さんが電話出演して出禁になったり、後藤さんがひらがなよんせんになったり、バシくんが童貞をバラされたり、ネタパレのAPが来たり、ホリケンさんが来たり、岡村さんがちょくちょく乱入したりと、書ききれないほどにたくさんの出来事があった52回だった。あげく最終回でバシくんはつづちゃんにファーストキスをうばわれた。おめでとう。サラッと書いたけど後藤・石橋喧嘩回はなんでか分からないけど聴いた後めちゃくちゃ凹んだ。と言いつつたまに頭の中で反芻してしまうが。

 52回の放送内でコーナーが生まれては消えた。最初は滝と恋という、考えるのがクソむずいコーナーしかなかったよな。最短で閉店したジャズバー。めちゃくちゃメールきてたらしい。それでいうと変なタイミングで誕生したにもかかわらずギャンは長命だった。「花の名」と「話がしたいよ」を聴くと思い出すようになるでしょう。採用されて嬉しかったことも。なんだよギャン勃起つづチンコbotって。朝顔だぞ。そういやバシくんが育ててた朝顔元気かな……。

 その一方で、四千ミルクが2年目に突入する。大変喜ばしい。嬉しい。ミルクもゼロも共通して学生のおしゃべりのようなゆるい空気感はあるが、ミルクも雰囲気のいラジオなので聴いてほしい…ツイキャスで聴けますし。彼らは「一緒に大人になっていける」貴重な存在なので、ラジオでその様子を耳にできるのはとてもわくわくするし、これからもわくわくしたい。

ぶつかって染み渡る

 ある日、帰りの電車内でyoutubeを漁っていたら特に見るわけではない動画をタップしてしまった。知らないバンドの知らない曲のMVだった。せっかくだし聴いてみようと最後まで再生した。とても、良い曲だと思った。それからしばらく経って、毎年行っているライブサーキットイベントにそのバンドが出演するということでまた聴いた。また、とても良い曲だと思った。他の曲もとても良くて、そのバンドを好きになった。でも、生で聴いたその曲は、今までよりずっと沁みた。素晴らしくも、美しくもない日常を愛おしく思えるような歌だった。

 それまでも「良い曲だな」と思って聴いていた曲が、ある日突然それまでとは違う味わいをもってぶつかってくることがある。それにぶつかったとき脳内にぶわりと広がり染み渡る快楽を味わいたくて、音楽を聴いているようなところもある。また、そういうとき迷いの膜がバリバリと剥がれ落ちていくような感覚になることもある。例えばサカナクションの「klee」の「見えないもの 描きたくて 僕は言葉を 使う 使う」、「だから綺麗でなくていい 僕らしさ見つけたら それが全て 全ての始まりです 始まりです 始まりです」という歌詞。

 ああこれだ、と悟った。私が文章を書く理由は多分これだと思った。形はないけど確実に私の中で大きな位置を占めている何かをことばにして咀嚼したいのだ。そして「綺麗でなくていい」のありがたさ。

 何か書こうかなと思ってから着手するのに果てしなく時間がかかるタイプではあるが、これからも文章を書こうと思った。最近文章がまとまらなくて凹んでいたのでリハビリとして

 

(追記:ちなみに冒頭で挙げた曲はズーカラデルの「アニー」です。素敵

https://youtu.be/zSPEdE651y0)

言うほどのことでもないこともない

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 これを気に入っている。私のブログは基本的に、ライブレポ(ひとつしかない)と好きなひとたちを褒める文章以外特に言うほどのことでもないことで構成されているからだ。とてもおこがましいことであると自覚してはいるのだが、私は自分の文章がそれなりに好きだ。粗が目立つけどそれはそうとしてそれなりに好き。好きだから、たまに過去の記事を読み返すことがある(ときどき誤字を訂正したり、読点を付け加えたり、追加したりしているのでクソ暇だな〜というときに見てほしい)。だいたい言うほどのことではないことしか書いてない。「雑記」だから。あと、どうしても真面目なテンションで書くと照れておかしなテンションになるの、やめたほうがいいよ。ワー! こういうのとか。

 そもそもこのブログは「人に文章を読まれることに慣れる」ためにはじめたので、内容うんぬんではなくて「書く」ことに意味があると思っている。Twitterで連投するにはちょっと長いとかそんな感じのこと。それはそうとしてTwitterはてブも下書きばかりがたまっていくので、今回は言うほどのことではないことをいくつか書いていこうと思う。ちょっと言い訳じみてますね。

 

・「○○を好きと言ってしまったら負けのような気がする」のせいで損をしたことが何度かある。○○は人だったり音楽だったり小説だったりお笑い芸人だったりする。これは本当に愚かなことだ。まず、何かを好きだということが負けの表明であるわけがない。そもそも「負け」ってなんだ。それに、そんな自意識のせいで良いものをわざわざ避けるのはもったいないし、もしかしたらそこで新たな「好き」に出会うかもしれない。あと、私は何かに「勝つ」ために音楽やお笑いを受容しているわけではないのに、何に「負け」たくなくてその○○を避けていたのだろうか。商業とか権力だろうか。「無意識に自分が何かを見下している」ということを自覚するとめちゃくちゃに落ち込む。

 

 ・自分のことはそんなに好きではないけど、最近はまあでも、そんなに悪くないかなくらいに思えるようになった。理由もなく自己否定をするのは精神衛生上よろしくないので少し成長したといえるのかもしれない。褒められたときに真正面から受け止められるようになったのも。アー嘘やっぱり無理でした。根が卑屈。

 

 ・化粧するのも化粧品を見るのも好きだ。あんまり詳しくはないけど。まぶたを、キラッキラのキラにするとテンション爆上がりする。いろいろ調べて参考にするけどいかんせん不器用すぎてアレ? となる

 

 ・私は自分のことを暗くて引っ込み思案なほうだと思って生きてきたけれど、よくよく考えてみたらそうでもない。人前で歌うのも踊るのも平気というかむしろ好きだし、基本的に頭の中は妄想が展開していてハッピーだし、よく笑う。でも私が誰かと話すとき喋りたいことが頭の中で絡まってごちゃごちゃしてことばに詰まってしまうのも、どちらかといえば人見知りなのも、人と目を合わせるのが苦手なのも事実だ。そんな奴が塾講師のバイトをするな。そんなこんなで、自分がどういう人間なのか分かっていないところがある。部分的には分かってるけど 、全貌は未だ把握しきれていない。ある友人から言われた「歪んだ明るさがある」というひとこと以上に私の性格を的確に表現することばはない気がする。最近はバイトの帰路、自転車を漕ぎながら「アーーーーーー!!!!!!人間!!!!!!」と思っています

 

 ・文章を書くのは夜中が多い。レポートとか、趣味で書いている小説とか、現にこれを書いている今も深夜だ。私が書く文章はどこか、自分というものが恥ずかしいくらいむきだしになっている気がする。だから「深夜テンションで」とか「酔ってて」という言い訳を使ってしまう。でもこれは嘘だ。昼に書いてもむき出しのときはむき出しだし、深夜に書いたものでもなんか嘘くさかったりしっくりこなかったりすることはある。単にむき出しの自我を見られることが恥ずかしいから、のちのしらふの自分がそれを見るのが恥ずかしいから、言い訳を身につけるのだろう。酔ったときに熱い話をする人も多分そうなのだろう。本当は酔ってなくても熱いところはあるけど恥ずかしいからそんな言い訳をするのだ。「人間」って感じだ。

 

 ・なんか、言うほどのことでもないことを書くつもりだったのに欲が出てを自分語りになってしまった。本当はていよく自分語りをしたかっただけかもしれない。自己愛の権化なので。こんな感じじゃないな、もっとこう「バカ爆走!とパンキッシュガーデンに通いたいからもう東京に住むしかない」とかそういうことだな、いや、バカ爆走!とパンキッシュガーデンに通いたいのはマジなんだよな…ライラックブルーが、見たい。ライジングオレンジも。あとバカ爆コントの日。あーあと忘れちゃいけないWELとWEL NEXT、贅沢を言うなら無限大のファーストライブ。コント村も、ハナコかが屋の寝る前にコントも行きたいしやさブラ段も行きたい。エイトクラベルとNewZとブレナイ……………………

 

 ・これをそこそこ下書きにためていたらこういう形式でブログ書いてる人見かけて後追いみたいになっちゃった

 

ここを何周もする

 しばらく、自分のファンとしての在り方についてめんどくさく考えていたのだけれど、どうでもよくなってきた。そういってる時点でどうでもよくはないのだけど、彼らの素敵さの前では、オタクのめんどくさい自意識のこじれなど無いも同然で、その発露に差はあれど、「私は彼らのことがとても好きだな」と思えたらそれでいいような気がしている。公序良俗の範囲で。

 精神の調子が悪いときにこれを考えるのは非常によろしくない。あれだけ「もう面倒くさいことを考えるのはよそう…」と思っても数週間後には存在するかどうかわからない批判に心の中でブツブツと反論してムカついていたりする。しかも存在しないわけであるからそれが発信されるわけではなく、私の中で負の感情が生成され私の中に溜まっていくから非常によろしくない。 

 彼らを呑気に好きでいられるのはとても幸せで奇跡みたいなことなんだと思わされることが多々ある。それを考えるとひどく泣きたいような気分になるし、現実に彼らがいて、毎週ラジオを楽しみにできて、テレビに出るのを楽しみにできて、大きい会場での単独ライブが決まっていることはすごく尊いことなのだと。

 めんどくさいことを考えているうちに、大切なものを見失ったらおしまいだ。
 別に、いいじゃねえかと思う。謙虚で真面目、漫才と相方をいっとう大事にしている、無口でちょっと歪な青年が、たまたま端正な顔立ちをしていただけなのだ。多くを語らず余白が多い、表情の変化に乏しいように見えて実は屈託なく笑う彼が、それなのに自分の笑顔が好きではないと顔を歪める彼が、何にも執着がないように見えてひどく負けず嫌いで、ちょっとしたゲームでも絶対に勝とうとしたり、賞レースで勝たなくても売れるのでは、と言われて「でも賞が欲しい」と言い切るような彼が、ノリや冗談でいい加減なことを言わない彼が好きだ。そんな頑固で愛おしい青年がたまたま、ぴっしり分けた前髪のよく似合う品のいい顔立ちをしていただけ。でも彼の、ネタ中によく動く眉毛や、左右対称でまっすぐこちらを射抜くかのような双眸だって愛おしい。
 それと、普段は天然でアホの子であるしネタ中もとぼけた振る舞いをする青年が、時折頼もしさと懐の広さを見せることも非常によろしい。意外とまじめであることを相方からバラされる度に慌てるところも、中学時代に哲学的なことを考えて一人で泣いていたようなピュアなところも、今もそんな風に感性豊かであることも、家族をすごく大事にしているところも、他人は他人・自分は自分と思えるところも、相方2人がラジオで喧嘩したときにどちらをかばうわけでも責めるわけでもなくフォローできるところも、すごくよろしい。ラジオが始まって以降、ちゃんとブレーキをかけられるようになったことなんてすごく良い。個人的には、とぼけた雰囲気のわりに大喜利の答えに癖があるところと、弾けんばかりの眩しい笑顔が好き。
 あと当たり前だけど、見るからに浮世離れした、純朴な少年の風貌をしている青年が非常に鋭敏でめんどくさい内面を抱えていることが愛しい。自分のことも他人のことも非常によくわかっていて、気にしいで人見知りなところが愛しい。相方など身近な人々にはふてぶてしく甘えたがりでさみしがり屋なところがかわいらしい。相方に理不尽なことを言っていなされているのも微笑ましい。ラジオでひとりだけ音楽に乗れなくてむくれるところも。そんな彼がトリオを代表してテレビに出て、ちゃんと爪痕を残してくることは非常に頼もしい。猛者たちの中で、ちょっとよそゆきの顔になる彼が愛しいし、相方2人から「めちゃくちゃ面白い」と圧倒的に信頼されているところにグッとくるし、そうさせてしまう彼を尊敬している。22歳のお誕生日おめでとう。
 これを書いているうちにまためんどくさいことを考える周期にハマってしまった。最悪のオタクかよ。勘弁勘弁なんですけど~! みんな、スペシャルウィーク、公開生放送、聴こうぜ!

 

追記:彼らのことがとても好きなのだが、いかんせん生で彼らを見たことが一度しかないためライブで彼らがどんな振る舞いをするのかとか企画・トークライブでどんな感じなのか知らないし、よく褒められてるけど"ブレナイのエンディングの締め"とは?とムズムズしている。生きて動く彼らを見れる方非常に羨ましい。

断片

 センター試験が近い。昨年と一昨年は当事者だったので胃が痛くてしょうがなかったし、もうセンター試験を受けることのない身になってもなんとなくモヤッとした気持ちになる。

 かといってセンターの日のことはよく覚えていない。いつも乗る路面電車より速くて温くて座席が広いJRに揺られて遠くの会場まで行ったこととか、行きがけに緊張を和らげようとしてラフターナイトで流れたまんじゅう大帝国のネタを聴いたこと、帰りの電車の中ではサカナクションユリイカとグッドバイを交互に聴いてなぜだか泣きそうになったこととか、試験2日目の帰り道に開放感そのままにサンマルクカフェに寄って生パスタを食べたこととか、そんな、試験と関係ないことだけがほわんほわんと思い出せる。

 あと、当たり前と言われればそうなんだけどめちゃくちゃ寒かった。これも寒かったということだけを鮮やかに覚えている。なんとなく午後の紅茶のCMを思い出すような寒さだった。感傷的になった。現役のときは友達がいたからそれなりにへらへらしていられたけど、寒くて寂しいと簡単に感傷的になってしまう。そういえば現役のときは、一緒に帰っていた友達が缶コーヒーについているドラゴンボールのフィギュアがほしいと言って飲めないコーヒーを買ったのに、それにはフィギュアがついていなくてそいつはめちゃくちゃ恨めしそうな顔で自販機を見つめていたし、私はめちゃくちゃ笑った。現役のときの思い出もそんなことばかりだ。友達から同級生のしょうもない話を聴いてゲラゲラ笑っていたし、急な下り坂をゲラゲラ笑いながら下った。しょうもない、しょうもないけどそんなことばかり思い出す。冬になると思い出すのだろう。

自意識だけはいっちょまえの

 いわゆる名作と呼ばれるものに全くと言っていいほどふれてきていない。20年も生きてきたのに。ジブリとかディズニーにいたってはほとんど見たことがない。トトロとプーさんくらいだろうか。千と千尋の神隠しはうっすら見た記憶がある。平成狸合戦ぽんぽこは見たかもしれない。そういえば「君の名は。」も「カメラを止めるな!」も見てないしアナ雪もなんだかんだ見てない。シン・ゴジラも見てない。見ようと思っていたら年を越してしまいました。ヨヨヨ

 漫画もそんな感じで、ちゃんと集めて全巻読んだ漫画といえば黒子のバスケだけで、他は人生において平均より漫画を読んでいない。高校時代漫研だったのに。漫研なのに小説を書いていたからなのだけど、それはそうとしてめちゃくちゃ本を読んでいるかと言われればそういうわけではない。綿矢りさはとても好きでそれなりに読んでいるけど著作全部読んだわけではない。そうでなければファンを語る資格が無いなんて思ってないし私は綿矢りさが好きで尊敬していて多大な影響を受けているので胸を張って彼女のファンであると言っちゃうけど、そうすると存在しない誰かから後ろ指をさされている気がするのだ。物を書くことが好きなくせにそんなに読書家というわけでもなく、漫画をたくさん読んでいるわけでもなく、映画をたくさん見ているわけでもない自分を咎められている気がするのだ。お笑いもそんな感じで、好きなバンドもそんな感じで、趣味全部そんな感じだ。集中力がなくて一度に多種のコンテンツを摂取するとしんどくなってしまうからなのだけど、なんか損している気がするし、自分は底が浅いなぁとも思う。年のせいにしてみたところで、私が愛してやまない漫才師は私と同い年の頃に「説明しりとり」や「頭取りゲーム」を完成させていたし、それこそ綿矢りさは「蹴りたい背中」を完成させていた。まばゆいばかりの才の持ち主と自分を同列に並べるような烏滸がましささえも嫌になってくるし、こんな風につらつら御託を並べてる暇があったらアッ!!!!!!!!!!!!ヘイトが溜まりすぎて叫んでしまいましたアッ!!!!逆に言えば!!!!まだこの先の人生に未知の楽しみが山のようにあるということ!!!!タスクと捉えるから嫌になるんだよな!!!!ハッピネス!!!!人生楽しい!!!!ライフイズビューティフル!!!!

手始めにどうしても見たかった映画版の「勝手にふるえてろ」を見ています。良いものですね。映画。今年は自分のペースで少しずつ見ていけたらいいなぁと思う。漫画も。そうやって豊穣になっていくのだろう。良い書き手になりたい。